滞在の日々を記す

本展はアーティスト・イン・レジデンスで須崎に滞在した美術作家の作品展示と高知出身の物理学者で随筆家でもあった寺田寅彦に関する資料展示とで構成されています。


寅彦は少年期から最晩年までわずかな中断を除いて日記を書き続けたそうです。この展示では明治34年から、病気療養のために須崎に8ヶ月間逗留した際の出来事や交流の様子、須崎を題材にした随筆「嵐」やスケッチなどの関係資料を寅彦の日記を中心に紹介しています。個人の日記を介することで当時の事件や人物について臨場感を持って想起することが出来るでしょう。


モンデンエミコは日記を表現媒体としているアーティストです。その日の出来事に関係する紙片(届いた手紙、買い物のパッケージ、レシートやチケットなど)に刺繍を施したり、ドローイングしたりしながら日常を記録し、蓄積しています。

昨年の現代地方譚に参加した碓井ゆいもオーガンジーに刺繍した作品を展示していました。碓井はこれまでは“手芸”の範疇とされ、芸術としてあまり扱われる機会のなかった素材と技法を意識的に用い、女性の社会的地位について言及しました。

モンデンエミコも日々現実社会の中で起こる困難や喜びを記し続けながら、「自身と向き合う」「堅牢なマテリアルに挑む」ような従来の自己探求を主眼にした美術表現のイメージを覆しています。

制作が決して特別な行為ではなく、家事・育児といった日常からも作品が生まれ得ることを示し、同じく子育てに勤しむ母親に共感と希望を与えました。


高山陽介はまた別のアプローチで須崎滞在中の経験を形として残そうとしています。展示会場の各所に作家は日付を記した小品を配しました。「歯型」と名付けられた作品はその日噛んでいたガムを銀紙に包み、木を彫った土台の上に義歯の様に並べたものです。咀嚼は脳を活性化し、記憶力を高めるともいわれています。高山はガムを噛み続けながら、須崎の景色を心に刻んだのでしょうか。ユーモアを感じさせながら記憶と形を結びつけるユニークな試みです。


(すさき芸術のまちづくり実行委員会   川鍋 達)

現代地方譚6

そこに生き、そこに在る。